通夜や告別式を行わない「直葬(火葬式)」を選択した場合、ご遺族が直面する、もう一つの悩ましい問題が「香典」の扱いです。葬儀という、香典を受け取るための儀式的な場がない中で、周囲から寄せられる弔意の気持ちに、どのように応えれば良いのでしょうか。その対応には、ご遺族の明確な意思表示と、細やかな配慮が求められます。まず、最もシンプルで、トラブルが少ない方法は、「香典を一切辞退する」と、最初から明確に決めてしまうことです。直葬を選ぶ理由の一つに、経済的な負担の軽減や、儀礼的なやり取りを避けたい、という思いがある場合、香典を受け取ってしまうと、その後の「香典返し」という、新たな負担と手間が発生してしまいます。それでは本末転倒です。そのため、親族や関係者に訃報を伝える際に、「故人の遺志により、ご香典につきましては固くご辞退申し上げます」と、はっきりと伝えておくことが重要です。これにより、相手も気を遣うことなく、純粋に弔意だけを伝えることができます。しかし、たとえ辞退の意向を伝えていても、「どうしても」と、香典を渡そうとしてくださる方もいらっしゃいます。その場合は、一度は丁重に「お気持ちだけで、本当に十分でございます」とお断りし、それでもなお、と強く勧められた際には、相手のお気持ちを無下にするのも失礼にあたるため、「それでは、故人も喜ぶと存じます。ありがたく頂戴いたします」と、感謝して受け取るのが、大人の対応と言えるでしょう。そして、このように香典を受け取った場合には、必ず「香典返し」をするのがマナーです。いただいた金額の、半額から三分の一程度の品物を選び、四十九日を過ぎた忌明けの時期に、挨拶状を添えて送ります。挨拶状には、香典をいただいたことへの御礼と、忌明けを無事に終えたことの報告を記します。もし、香典ではなく、品物(供物)や花(供花)をいただいた場合は、必ずしもお返しは必要ないとされていますが、三千円から五千円程度の「お礼の品」として、菓子折りなどを送ると、より丁寧な印象になります。香典は、故人への弔意と、ご遺族へのいたわりの心が形になったものです。その温かい気持ちに対して、どのような形で応えるのが、自分たちの家族にとって最も誠実な形なのか。その答えを、家族で話し合っておくことが大切です。