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葬儀をやらないという選択肢「直葬」とは
近年、葬儀に対する価値観が大きく変化する中で、「お葬式をやらない」という選択をする人々が増えています。しかし、この「やらない」という言葉は、具体的にどのようなお別れの形を指すのでしょうか。多くの場合、それは「直葬(ちょくそう)」または「火葬式」と呼ばれる、最もシンプルな葬送のスタイルを意味します。直葬とは、通夜や告別式といった、宗教的な儀式を一切行わず、ごく限られた近しい親族のみで、故人様を安置場所から直接火葬場へとお運びし、火葬をもって弔うお別れの形です。日本の法律では、いかなる理由があっても、死後二十四時間が経過しないと火葬はできません。そのため、ご逝去後、ご遺体はご自宅か葬儀社の安置施設で、最低でも一日、火葬の日まで安置されます。この安置期間が、ご家族が故人と静かに過ごす、事実上のお別れの時間となります。そして、火葬の当日、ご遺族や数名の親族は、安置場所に集合し、出棺の前に「納棺の儀」を行います。ここで、故人様と最後の対面をし、思い出の品々や花を棺に納めます。その後、火葬場へ移動し、火葬炉の前で最後の読経と焼香を行うなど、短いお別れの儀式を経て、火葬、収骨となります。会食の席なども設けないため、火葬場でそのまま解散となります。この直葬が選ばれる背景には、様々な理由があります。経済的な負担を最小限に抑えたいという現実的な理由。故人が高齢で、呼ぶべき友人や知人がほとんどいないという状況。そして、「形式的な儀式は好まない」「静かに、家族だけで送ってほしい」という、故人やご遺族の意思。これらの現代的なニーズに応える形で、直葬は社会に広く受け入れられつつあります。しかし、この選択は、周囲の理解を得るのが難しい場合もあります。葬儀をやらないという決断は、そのメリットとデメリットを十分に理解し、家族や親族と真剣に話し合った上で、下すべき重要な選択なのです。
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私が父の葬儀をやらないと決めた日
父は生前、常々こう言っていました。「俺が死んでも、葬式なんてするなよ。金もかかるし、みんなに気を使わせるだけだ。火葬場に直接行って、骨だけ拾ってくれれば、それでいい」。典型的な、昔気質の照れ屋だった父。私は、その言葉を、父らしいな、と半分冗談のように聞いていました。その父が、昨年、静かに息を引き取りました。いざ、その時を迎えると、私の心は大きく揺れました。本当に、父の言葉通り、お葬式をやらないで良いのだろうか。親戚たちは、何と言うだろうか。世間体を考えると、せめて家族葬くらいはやるべきではないか。そんな迷いの中で、私は父の遺品を整理していました。すると、机の引き出しの奥から、一冊の古いノートが見つかりました。それは、父がつけていた、いわゆるエンディングノートでした。そこには、震えるような文字で、改めて「葬儀は不要」と記されていました。そして、こう続いていました。「残った金は、母さんのために使ってやってくれ。孫たちのために、何か買ってやってもいい。俺のために、無駄な金を使うな」。その一文を読んだ時、私の目から涙が溢れ、迷いは完全に消え去りました。父は、最後の最後まで、私たちのことだけを心配してくれていたのです。父のこの深い愛情に応えるためには、世間体や慣習に流されるのではなく、父の遺志を、私が責任を持って貫き通すしかない。そう、覚悟を決めました。私は、親戚一人ひとりに電話をかけ、父のエンディングノートのことを正直に話しました。「父の最後の願いなので、どうかご理解ください」。最初は驚いていた親戚たちも、父の想いを知ると、最後には「お父さんらしいな。分かったよ」と、皆、温かく受け入れてくれました。私たちは、父の言葉通り、火葬の日に、ごく近しい家族だけで集まりました。火葬炉の前で、一人ひとりが父への感謝を伝え、大好きだった日本酒を棺に注ぎました。それは、儀式も、祭壇もない、本当にささやかなお別れでした。しかし、そこには、どんな立派な葬儀にも負けない、父への深い愛情と感謝の気持ちが満ちていました。葬儀をやらない。その選択は、決して故人への想いが薄いからではありません。むしろ、故人の遺志を最も深く理解し、尊重しようとする、究極の愛情の形なのかもしれないと、私は今、心からそう思っています。
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葬儀をやらない場合の香典の扱い
通夜や告別式を行わない「直葬(火葬式)」を選択した場合、ご遺族が直面する、もう一つの悩ましい問題が「香典」の扱いです。葬儀という、香典を受け取るための儀式的な場がない中で、周囲から寄せられる弔意の気持ちに、どのように応えれば良いのでしょうか。その対応には、ご遺族の明確な意思表示と、細やかな配慮が求められます。まず、最もシンプルで、トラブルが少ない方法は、「香典を一切辞退する」と、最初から明確に決めてしまうことです。直葬を選ぶ理由の一つに、経済的な負担の軽減や、儀礼的なやり取りを避けたい、という思いがある場合、香典を受け取ってしまうと、その後の「香典返し」という、新たな負担と手間が発生してしまいます。それでは本末転倒です。そのため、親族や関係者に訃報を伝える際に、「故人の遺志により、ご香典につきましては固くご辞退申し上げます」と、はっきりと伝えておくことが重要です。これにより、相手も気を遣うことなく、純粋に弔意だけを伝えることができます。しかし、たとえ辞退の意向を伝えていても、「どうしても」と、香典を渡そうとしてくださる方もいらっしゃいます。その場合は、一度は丁重に「お気持ちだけで、本当に十分でございます」とお断りし、それでもなお、と強く勧められた際には、相手のお気持ちを無下にするのも失礼にあたるため、「それでは、故人も喜ぶと存じます。ありがたく頂戴いたします」と、感謝して受け取るのが、大人の対応と言えるでしょう。そして、このように香典を受け取った場合には、必ず「香典返し」をするのがマナーです。いただいた金額の、半額から三分の一程度の品物を選び、四十九日を過ぎた忌明けの時期に、挨拶状を添えて送ります。挨拶状には、香典をいただいたことへの御礼と、忌明けを無事に終えたことの報告を記します。もし、香典ではなく、品物(供物)や花(供花)をいただいた場合は、必ずしもお返しは必要ないとされていますが、三千円から五千円程度の「お礼の品」として、菓子折りなどを送ると、より丁寧な印象になります。香典は、故人への弔意と、ご遺族へのいたわりの心が形になったものです。その温かい気持ちに対して、どのような形で応えるのが、自分たちの家族にとって最も誠実な形なのか。その答えを、家族で話し合っておくことが大切です。
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菩提寺があるのに葬儀をやらないリスク
菩提寺とは、その家の先祖代々のお墓があり、葬儀や法事を執り行ってもらっているお寺のことです。この菩提寺との関係を無視して、勝手に葬儀をやらない(直葬にする)という決断を下してしまうと、後々、取り返しのつかない深刻なトラブルに発展する可能性があります。最も大きなリスクが、「納骨を断られてしまう」という事態です。仏教において、葬儀は故人が仏の弟子となり、戒名を授かって、仏様の世界へと旅立つための、非常に重要な儀式です。お寺の住職は、その儀式を司ることで、故人の成仏を導きます。その大切な儀式を省略し、お寺に何-の相談もなく、火葬だけを済ませてしまった場合、お寺の側からすれば、「仏弟子としての手続きを経ていない方を、当寺の墓地に納めることはできません」という判断になるのは、ある意味当然のことなのです。そうなると、ご先祖様が眠るお墓に、故人のご遺骨を納めることができなくなってしまいます。新たにお墓を探すとなれば、精神的にも経済的にも、計り知れない負担がご遺族にのしかかります。また、たとえ納骨を許してもらえたとしても、その後の関係性が気まずくなり、一周忌や三回忌といった、その後の法要をお願いしにくくなってしまうかもしれません。では、どうすれば良いのでしょうか。菩-提寺があり、かつ、直葬を希望する場合は、必ず「ご逝去後、できるだけ早い段階で」、菩提寺のご住職に直接相談することが不可欠です。電話で一報を入れた上で、お寺へ伺い、「父の生前の遺志で、葬儀は行わず、火葬のみでと考えております。大変恐縮なのですが、お許しいただけますでしょうか」と、正直に、そして誠実に相談します。その上で、もし可能であれば、火葬の際に、火葬炉の前で短い読経だけでもお願いできないか、と伺ってみましょう。この「炉前読経」と、仏弟子としての名前である「戒名」を授けていただくことで、お寺様も故人の弔いを果たしたと判断し、その後の納骨を快く受け入れてくれる場合がほとんどです。菩提寺との関係は、何世代にもわたって築き上げてきた、家にとっての大切な繋がりです。その繋がりを断ち切ることのないよう、敬意と感謝の気持ちを持って、対話を尽くす姿勢が何よりも求められます。
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葬儀プロジェクターの費用と依頼方法
葬儀でメモリアルムービーの上映をしたいと考えた時、そのために必要なプロジェクターやスクリーンは、どのように手配し、費用はどのくらいかかるのでしょうか。その依頼方法と費用相場を事前に知っておくことは、葬儀全体の予算を組む上で重要です。まず、最も一般的で安心な方法は「葬儀を依頼している葬儀社に、オプションとしてお願いする」ことです。現代の多くの斎場では、プロジェクターやスクリーン、音響設備があらかじめ備え付けられています。葬儀社に「メモリアルムービーの上映をしたいのですが」と伝えれば、これらの機材の使用料を含んだ、上映に関する一連のサービスをパッケージとして提供してくれます。この場合の費用相場は、おおむね五万円から十万円程度です。この料金には、機材の使用料だけでなく、ご遺族から預かった写真や動画を元に、葬儀社側でムービーを制作してくれる「映像制作費」や、当日の「オペレーター人件費」などが含まれていることがほとんどです。写真を選ぶだけで、プロ品質のムービーを制作し、当日の上映も全て任せられるため、ご遺族の負担は最小限で済みます。もし、ムービーは自分たちで自作し、機材の使用と当日の操作のみを依頼したいという場合は、その旨を伝えれば、料金を割り引いてくれることもあります。一方で、「費用を少しでも抑えたい」という理由から、プロジェクターなどの機材をご遺族が自らレンタル業者などから借りてきて持ち込む、という方法も考えられます。しかし、この方法にはいくつかの大きなリスクと注意点が伴います。まず、斎場によっては外部からの機材の持ち込みを禁止している場合や、高額な持ち込み料がかかる場合があります。また、斎場のスクリーンの大きさや部屋の明るさに適した性能のプロジェクターを選ばなければ、映像が暗くて見えにくくなる可能性があります。さらに、当日の設置やパソコンとの接続、音響との連携などを、全てご遺族自身で行わなければなりません。葬儀という、失敗の許されない儀式の中でこうした技術的な作業を完璧にこなすのは至難の業です。特別な理由がない限りは、多少費用がかかったとしても、葬儀全体の流れを熟知しているプロである葬儀社に一括して依頼するのが、最も賢明で後悔のない選択と言えるでしょう。